変えていいものいけないもの・東製油
今回のレポート担当はいぞうさんです。
春になると熊本の里山にはたくさんの野草が芽生えてきます。
ナズナ、ハコベ、ユキノシタなんて野草を天然の椿油で上げて食べるなんて、なんて贅沢なんでしょう。とても爽やかな早春の香りいっぱいの大地からの贈り物ですよね。
でも、椿油は食用として優れものなのに、なぜか昔から整髪料として有名なんですよね。
私も椿油は整髪料なんだと思っていました。
「続日本紀」には8世紀の外国の特使が帰国する際、お土産に椿油を所望したという記録があるそうです。整髪、食用、生薬、霊力があるとして高級品扱いされていたと。
その頃から連綿と、椿油は日本人になじんで様々な使い方をされてきました。
刀剣のさび除け、竹の釣り竿や鳥かごの手入れ、家具全般の艶出しなどに使われたそうです。
桜材の茶びつの艶出しには、今も椿油が使われているのだとか。
勿論、鬢付け用の整髪料としても。
最近はシャンプー代わりに使うという自然派の女性も多いようです。
天然なので安全、べたつかないし、すぐ肌に吸収されてさらりと仕上がります。
現代では食用として認知されている椿油。
でも、元々は人間が暮らすあらゆる場面で生かされていたのですね。
そこには確かな理由がありそうです。
多分、昔、人は自分の身体に馴染み、自分を潤してくれるものを感知する能力があったのでしょう。
私たちが今は感知する力を失った大事な何か。
大事な知恵。
それを今、私たちは椿油に見ることができるのかも知れません。
全てが機械化される以前に搾油されていたやり方で作られる椿油の中に。
東製油さんの工場は、小さな田舎町の片隅、そこに立つ古い蔵の中にあります。
明治の初めに建てられたというその蔵。
近代化とは無縁の昔懐かしい空気感が漂っています。
東製油さんは今親子2代で運営されておられますが、丁度早苗さんから息子さんの裕之さんに世代交代しようとしているとお見受けしました。
しかし、時代は変わっても、東製油さんの姿勢は変わらないようです。東製油さんの特質は合理的近代経営を頑なに拒否しておられる点です。
東製油さんは頑なに何を守ろうとされているのでしょうか。
その秘密は蔵の中にありました。
東製油さんの椿油。
原料はヤブツバキの種子ですが、九州一円の離島や屋敷の防風林から1粒ずつ集められます。農協さんやリタイアされた方たちのネットワークを使い、年に9tほど集められるのだとか。
その天然自然の種子を玉締めという製法で絞っていくのが東製油さんの搾油法です。
玉締め。
今は熊本でもほとんどの場所で失われてしまった搾油方法です。
普通はツバキを人工的に育てて採集し、溶剤を加えて溶かし、沸点の差で分離するのだそうですが、それでは自分たちの供給したい質が保証できないと、裕之さんは言います。
玉締めは明治の昔から行われてきた、天日干しさせた種子をローラーで潰すやり方です。
まず木の蒸し桶でスチームし、それを砕きます。
砕いた種子を臼に入れて明治の機会にセットします。
次に古いモーターを回転させます。
その回転がベルトを伝って臼に伝えられます。
臼は次第にジャッキで押し上げられていきます。
やがて、上で待ち受ける御影石に押し当てられるのです。
臼が時間をかけてじりじりと圧力をかけ、椿の砕かれた種をさらにすりつぶします。
すると機械の溝を伝い、黄金色の液体が滴り始めます。
その液体は床に掘られた溝に導かれ、さらにスロープを下ってしつらえられた甕の中に貯められていきます。
その黄金の液体こそが天然自然、無作為の椿油なのです。
種子から搾り取られたまさに果汁そのもの。
一切のまがい物もかさ上げもない本物の椿油なのです。
滴った油を受けて甕に誘導する。それだけ。その絞ったままの100%純粋な油を瓶詰めして製品とするのです。
その御影石で油を搾りだすところがクライマックスなのですが、この時私が驚いたのは、臼を回転させて御影石に押し当ててよく絞る、ということをしない点です。
臼を回転させるとツバキがこすれて摩擦熱を帯び、かすかに匂いがついて風味が損なわれてしまう、というのです。
近代的な経営の観点からいえばあり得ないことですが、しかし、そのお陰で私たちは大昔から日本人が愛してきた本当に香りのいい食用椿油に出会うことができるのです。
成分も自然そのまま、味も香りも、万葉の昔、日本人が愛し使用し始めた頃から一切変えられていない本物なのです。
近代化は経済ですべてが回る世界を押し広げてきました。
その結果、大量生産大量消費こそ富を生む原動力ということになり、効率化は化学や画一化の力などで大事なものをそぎ落とし、経済効率を支えてきました。
それで犠牲とされてしまったのが良心とか真心だとか、人が人を大切に思う思想だったのかもしれません。
今こそ我々は歩みを緩め、本当に人が摂取すべき食べ物は何か、肌をケアする時、何を採ってはいけないか、真剣に考えなければならない局面に差し掛かっていると思います。
そんな時代、東製油さんの姿勢は光輝いて見えます。
変えていいもの、いけないもの。
今こそ私たちはそこをしっかり見極めるべきではないでしょうか。
お金は大切にすべきですが、その価値観を最優先させてしまうことで、私たちは多くのものを失ってきました。
それに私たちは気が付いてしまったはずです。
見回してみてください。
本物っぽく装いながら、その実かさ上げしたまがい物のなんと多いことか。
そのまがい物に私たちの体や心はむしばまれていくのです。
もう、終わらせなければなりません。
東製油さんの明治の蔵を訪ねると、しきりにそんな思いに駆られるのです。
東製油さんの本物の椿油。
皆さん、一度はその香りを嗅いでみてください。
味を確かめてみてください。
肌のノリを実感してみて下さい。
髪に蘇る艶を感じてみてください。
本物とは何か、変えていけないものとは何かがお分かりになるはずです。
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